東京高等裁判所 昭和41年(行コ)31号 判決 1971年12月08日
沼津市小諏訪五六五番地
控訴人
確信運輸株式会社
代表者代表取締役
牧野信雄
訴訟代理人弁護士
中条政好
同市大手町一〇五番地
被控訴人
沼津税務署長
丸田晃
指定代理人検事
大道友彦
同
大蔵事務官 和田真
同
同 下畑治展
同
同 天池武文
同
法務事務官 豊島徳二
右当事者間の法人税更正決定取消請求控訴事件につき次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対してした昭和三八年一二月七日付別紙第一目録の法人税更正決定のうち、更正所得金額二一、一六一、六〇〇円ならびにこれに相応する法人税額七、九四一、四〇〇円、留保税額七九四、一四〇円、過少申告加算税額四三六、七七〇円、計九、一七二、三一〇円の範囲でこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は次のとおり附加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(控訴代理人)
一、(原判決請求原因二の補充として)
被控訴人が本件更正決定処分にあたり、本件取得資産の価額を金三、三六〇万円と評価したことにはなんらの根拠がない。
二、(原判決請求原因四、(一)の補充として)
法人税法施行規則(昭和二二年勅令第一一一号)第一七条第二項、法人税取扱通達(昭和三六年一二月現在施行分)の交換差益の項第八九、第一六、資産の評価換による損益の項基本第一三一によると、交換による譲渡資産及び取得資産の課税価額はいずれも時価によつて評価すべきであり、すると本件譲渡資産の時価は金二、四二〇万円であつて、これに交換差金九五〇万円を加算すると譲渡資産の総額は金三、三七〇万円となり、控訴人は本件交換によりなんらの利得をえていないこととなる。
三、(原判決請求原因四、(二)、五の補充として)
法人税法施行規則(昭和二二年勅令第一一一号)の新規則(昭和三四年政令第八六号)第一三条の六第一項は法人の特定の資産の交換にかんする特例であり、交換差金の額が交換資産のいずれか価額の多い方の金額の二割以内である場合には、確定申告を行う際に併せて申告することを条件に(新規則第一三条の七)、右二割以内の金額についてはこれを損金に算入する圧縮記帳を認めたものであり、この規定は法人の資産の交換による評価益については、一定の条件のもとに、所得計算上これを損金に算入することを明らかにしたものである。このように法人の資産の交換にかんして特例の設けられている所以は、税法が法人の資本の蓄積、育成を図るため、資本的資産の取引や資産の評価益値上り益等いわば資本自体には課税せず、資本の運用によつて実現した現実の利得に対してのみ課税することを基本的原則としているからである。この基本的国是は資産再評価法(昭和二五年法律第一一〇号)第一条、第四四条、租税特別措置法(昭和三二年法律第二六号)第一条、第六五条、第六五条の六、現行法人税法(昭和四〇年法律第三四号)第二二条、第二五条、企業会計原計(大蔵省企業会計基準審議会昭和三八年一一月五日中間報告)にもあらわれている。
なお、被控訴人および原審は法人税法施行規則第一七条、第二一条の七の規定等を交換差益即ち譲渡資産の値上り益に対する課税の根拠としているようであるがこれらの規定は資産再評価法第四四条の税額、中小企業の資産再評価の特例に関する法律(昭和三二年法律第一三八号)の税額を予定したものであつて、これらを交換差益にかんする課税の根拠とすることはできない。
(被控訴代理人)
控訴人の右主張をいずれも否認し、右一、の主張に対しては、被控訴人は本件更正決定にあたり、控訴人から原処分庁に提出された契約書(甲第四号証)、鑑定書(甲第八号証)、実測図等に基づき算定、評価したものであつて適正なものである。
証拠関係は控訴代理人において甲第一二号証の一、二、第一三、一四号証、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一ないし四、第一八号証を提出し、当審証人笹原二郎、同小路与吉の証言、当審における控訴人代表者牧野信雄本人の供述を援用し乙第四号証の一、二の成立を認め、被控訴代理人において乙第四号証の一、二を提出し当審証人田中嘉男の証言を援用し、前記甲号各証の成立を認めると述べたほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
理由
当裁判所も控訴人の本訴請求は失当であると判断するものであり、その理由は左に附加するほか原判決理由と同一であるからこれを引用する。(但し原判決八枚目うら一〇行目「政令第八五号」を「政令第八六号」に改める)
1. 当審における控訴人の主張一、について
当審証人笹原二郎の証言の一部は右主張にそうが、なおこれをもつて、取得資産の価額について控訴人が先になした自白が真実に反し且つそれが錯誤に基づくものと認めるには足りず、当審における証拠中他にこれを認めるに足りる証拠はない。
2. 当裁判所も、税法上譲渡所得に対する課税は、資産の売買、交換等譲渡を契機に顕在化した、右資産の値上り益に対して課税することを本質とするものであり、したがつて右資産の取得価額と譲渡価額の差額に課税するのをその本旨とすると考える。法人税法においても譲渡所得のこの本質はなんら異るものではなく、ただ譲渡資産の取得価額にかえて、その交換直前の帳簿価額を基準としているにすぎない。また、その際控訴人主張のように、法人の資本の蓄積、育成を図るため、法人税法施行規則(昭和三四年政令第八六号、いわゆる新規則)第一三条の六第一項において「法人が……土地……を……交換し、……取得資産につき、譲渡資産の譲渡直前の帳簿価額を下らない金額をその帳簿価額として財産目録に記載したときは、当該取得資産の価額と財産目録に記載した価額との差額は………損金に算入する」と特例を定めて、いわゆる圧縮記帳を許し右課税を免除していたのである。しかし同時に、右規則同条は、法人の行うすべての交換について右特例の適用を認めるものではなく、右第一三条の六第三項において「第一項の規定は、同項の交換のうち、交換差金等の額が取得資産の価額及び譲渡資産の価額のうちいずれか多い金額の百分の二十に相当する金額をこえるものについてはこれを適用しない」こととしているのである。そして右第一三条の六第一項、第三項の文理からいつて、それらは、法人のなすあらゆる交換につき、常に交換差金の額のうち、取得資産もしくは譲渡資産の価額のうちいずれか多い金額の百分の二十以下の金額については一律に損金に算入すること即ちいわゆる圧縮記帳を認めて課税の対象からはずそうとする趣旨ではなく、交換のうち、交換差金の比較的少い交換にかんしてのみ圧縮記帳を認めたにすぎず、その余の交換については一切その特例の適用のないことを定めたものと解せざるをえない。したがつて、交換差金の額が前述の範囲を超える本件交換には右第一三条の六第一項の特例の適用はないと解するほかないのであり、また少くとも交換差金中前述の百分の二十を超えない範囲の金額のみについて圧縮記帳を認めることもできないといわざるをえない。
控訴人は当審における主張一において交換による利得の算出にあたつては譲渡資産、取得資産双方の時価によつて算定すべきであると主張するが、譲渡所得に対する課税が、譲渡を契機とする資産の値上り益に対する課税であることに鑑みると右主張の失当であることは明白である。また、控訴人は当審における主張三において、資本的取引に対する非課税の原則につき、縷縷主張するところ、法人税法その他の法令ならびに企業会計原則上そのような配慮のなされていることは肯認できるが、そのことから直に控訴人主張のごとく本件交換による交換差金について課税すべきでないということはできないのであつて、むしろ右のような配慮の結果新規則第一三条の六が設けられ、同条の規定に該当する場合においてのみ交換差金についての圧縮記帳即ち非課税の結果が認められているにすぎないのである。したがつて控訴人の右主張も失当である。
よつて原判決は正当であるから本件控訴を棄却し訴訟費用につき民訴法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒木大任 裁判官 大和勇美 裁判官 田尾桃二)
第一目録
昭和三六年八月一日より昭和三七年七月三一日に至る事業年度分法人税更正決定
一、更正決定所得金額 二八、七九五、七一三円
二、右税額 一〇、七五三、二三九円
三、留保分所得金額 一〇、八五八、四〇〇円
四、右税額 一、〇八五、八四〇円
五、法人税額 一一、八三九、〇七〇円
六、納付の確定した税額 二、六四八、九〇〇円
七、差引納付すべき税額 九、一九〇、一七〇円
八、過少申告加算税額 四五九、五〇〇円
以上
第二目録(取得資産)
一、東京都江東区深川清澄町一丁目三番四
一、宅地 一三七坪九合
二、右同所三番七
一、宅地 二〇坪
以上
第三目録(譲渡資産)
一、東京都文京区本郷元町一丁目一八番二
一、宅地 六九坪二合六勺
二、同都千代田区神田鎌倉町一六番八
一、宅地 一九坪三合三勺
三、右同所同番地所在
家屋番号同町一六番の一〇
一、木造瓦葺二階建店舗兼居宅 一棟
建坪 一五坪七合五勺
二階 一三坪七合五勺
以上